2013年
04月10日

実際にやってしまったSNSでの失敗

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「イイね!」がつくと嬉しいです。
「コメント」がつくと更に嬉しいです。
 
誰かに認められたいという欲求をSNSが充たし、これこそが一気にSNSを増幅した要因でしょう。
要は「凄い」と認めて欲しいという欲求を、お互いが出し合いお互いが認め合う場として成立していると個人的には思ってます。
 
しかし、中には「大人の付き合い」成るモノを求める方もいらっしゃるから困りものです。
 
そうすると本来の目的で有った職人的要素の競い合い、讃え合いと言った温かい部分が薄れ、タダの連絡掲示板、馴れ合いの場と言うか、例えるなら貴族の社交界の様な部分が多くなりました。
 
「やっている事を見張られている」様な、「見てなきゃ成らない」様な変な義務感のみに追われ出す始末。
これはSNSの負の側面の表面化とでも申しましょうか?
 

負の側面と対峙する為、私はSNSの基本ルールを活用し「お友達の削除」を行ったことがあります。
 
その目的は
 ・交流のない「お友達」を整理する事で有効な時間を増やし
  精神的ストレスを減らす為。
 ・「本当に交流したい人」とのつながりを大事にする為。
   
交流する気の無い関係は整理してしまった方が得るものが大きいと考えたからです。
 
ですがこの考えにご賛同いただけず、「お友達から削除」してしまった方から、「私の憩いの場で気分が悪い」と題してお叱りを頂きました。
 
私はその方を喜ばせる為にSNSを活用していた訳で無く…
ですが実際のところソーシャルネットワークというあくまでもオフィシャルな世界ではこういった行動には多くの危険性が孕んでいることを実体験したのです。
 
人に伝えるのは非常に難しいデリケートで形のない本音の部分で、それを文章やクリック一つで相手に心境を伝える難しさを痛感した一瞬でした。
 

私は個人的にこう思うんです。
すべての人にフェアに接しなくてもいい。それぞれ違うのが本当。
対話というのは重要で、言わないといけない事もありますが、自分の思いを正直に伝えて、不要に傷つけ合う必要はないと思っています。
 
同じネットサービスでも匿名掲示板のような場所では、大抵の人間は他人にかなり厳しい事や酷い事を言われても聞き流しますよね。
ですがSNSでは相手の人格への信頼があってこそ。ですから関わりの中で心に傷が残るケースもあるかもしれません。
 
だからこそ、後で気軽に「お友達から削除」すれば良いからと無差別にリクエストを送るのは道徳的にNGなのだと考えます。
 

 
使い方によっては苦痛になる事もあるSNSですが、決して否定から入る訳ではありません。どちらかというと肯定派です。

SNSの使い方に戸惑いを感じた経験のある方、ご意見をお伺いできたらと思います・・・と、これこそがソーシャルネットワークな関係の最大の楽しみなのかもしれませんね。


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